昭和46年09月25日 朝の御理解
(途中から)
でも立たんと言う事になって、どうでも今度は、おじに勝たせなければならんという一心ですよね。だから御神米に「祈る当選」と。こういうお書き下げ頂いたら、もう絶対当選しますね。神様が祈って下さる。それからそれに力を得て、いわゆる熊本から、毎朝ああして日参しておられる。今朝からの電話で「おかげを頂きまして、当選のおかげを頂いた。どうぞ神様にお礼申し上げて、とりあえずお電話だけでもさして頂いた。
後でまたすぐ、お礼参拝さしてもらうから」というお電話であった、とこういうのである。けれども、ここに考えられることは、どうでもという時にはやはり「どうでも」という姿勢を作らなければいけないですね。例えば神様が、当選確実と教えて下さってもね、それをね、受け漏らしちゃならんという、いや、神様がそう教えて下さったことを、いよいよ信じれれる為にです、修行しなければいけません。
それをその、信者の方、おかげを受ける者側でですね、割引きをする人がある。「神様は、ああ言うて下さったけれども」とこう。始めから難しい事お願いしておりますね。先日から、直腸ガンでお願いにみえた。これはあの、他所の教会のご信者さんでした。「一心におすがりなさいよ、おかげになります」と私はお取次ぎさせて頂いた。勿論そういう大病人ですから、奥さんがそのご主人に付いておかなければならん。
ところがその病態、その手術をされたけれども、それだけではない、他にもまた悪い所があった。それでまた手術そう言う事に、これは生け上げる為にと言う様な、例えて申しますとあの、お花を生けます時に葉のいっぱい、ついておるのをむしってしもうて、先のとこだけちょこっと付けて、あの生ける生け方がありますね。葉をもうむしって先の葉だけちょこっと付けて、それを見事にこう生け上げて行くところを頂いた。
はあ言うならもう毎日毎日「もう難しいかろう、もう難しいかろう」と言う様な状態の中にあるとね。いわゆるむしられておるんだ、却ってこれによって、ほんとに神様が分かったら、その後が素晴らしかろう。こういう難儀なところを助けて頂くのであるから。それを私、お取次ぎさせてもらいよったけれども、参ってこない。お母さんになる人が参って、私その時にですね、もうがっかりしたことがあるんです。というのは日頃がね、その、いっちょお養子さんでしょうか、息子さんでしょう。
これを息子さんならあげな事のあれないですけれどもね。日頃仲が悪いもんじゃから、「あの人は、今罰かぶってござる」と言うんです。(笑)ほんなこですよね。心の中じゃ喜んでござるという感じですよ。それで「助けて下さい」ちゅうたって、助かるもんかね。もちろん一遍しか参って来ませんでした。その人もです、もう助からんとこ助かっておるんです。そのおばさんね。二、三年前。もう三、四年前でしょう。
それで今度もやっぱり「どうでも助けて下さい」と言うのかと思うたら、口では「助けて下さい」と言いながらですね。日頃のほんとに日頃、例えばんなら、養子とそのおばばさんとの仲が悪いならですよ、これは「家庭に不和のなきがもと」と仰るのだから、これを境に仲良うならせてもらうという、( ? )「あんた達が悪かっちゃない、私も悪かった」ちゅう風に、なるのかと思ったら「あの人は、もう罰かぶっちゃる」とこう言う。ああ、私は恐ろしい事だと思うたですね。
それから二、三日して亡くなられました。そん時に私がこう頂きよったこうその、葉をもぎってしまったのがね、水に付けてないもんですから、言わば花から木の葉が落ちるところを頂いた。あれが水にもつけときゃね、落ちやすい。むしろそれが素晴らしいお花の形態を、いわゆる形成する形造るのであったでしょうけれどね。ちょうど、お届けなさったのが日曜でしたから、またその時も特別祈念に参加しておる方達に、( ? )をしまいけれど、その事の御理解を聞いて頂いたんです。
そしたらね、神様から「光」という字をこう頂いたです、こういうふうにね、「光」という。これをちょうどこうはし、これがこう走っておる姿に見えるでしょう。これが人に光のこうこう。丁度字が走っておるように見えるでしょう。そのね前の方に、これのこの丸を付けておるところがない。だから「光」という字を一生懸命こうやって走っておる姿に見えるでしょうが。その、これのないところを頂いた。じゃあ光になれませんよね。光になるはずのおかげがですよね、光にならなかった。
おしいこと。もう神様も残念な思いをなさるが、取次がせて頂いた私もこげな残念な事はなか。「一心に縋りなさい、おかげになります」と、例えば頂いてもです、すがる姿勢という、これはまあ走っておるというか、歩いておるというその片一方の方の足をもぎったような感じですよ。歩かない動かないただ病人の枕元におるだけ。それでおってはね、いわゆる「助からんものでも助かる」という程しのおかげにはならんね。
例えば当選はもうあの、いわゆる確実性のないその、であってもです、神様は「祈る当選」と当選を祈ると。神様が祈っておって下さるんだ、これおかげにならんはずがない。けれども、それは受ける方の側としては、んなら自分も私も一心を立てるから、というのでね。どういうところからでも、毎朝朝の御祈念に二時頃から参って来る。朝の二時頃からね。それでいて始めて、当選するはずの狙い見込みのなかったのが、当選のおかげを頂いたということになる。
こげん時に例えばね、合楽でご信心を頂いて、例えば幹三郎なら幹三郎の時の例をとっても同じことね。矢張りそういう重態の中でも、やはり家内が病院から、毎朝ここにお届けに参ってまいりました。いわゆるこれを運ばなければ光にならんでしょう。しかもその、おかげにならん、その条件が揃うておった。親子の仲がそのような仲であった。「あの人は今罰かぶってござると」という。日頃ねほんとに仲が良うならんと、やっぱそげなふうに思うでしょうね、人間じゃけん。
それがやっぱ血が繋がっていないというならなおさらでしょう。そう言う事ではないおかげをですね、神様の一分一厘間違いのない働きをですね、それをね見ただけじゃいかんのですよ。ここではそういう働き皆さんが見ておられますよね。いろんな意味で「はあ、神様っちゃ間違いないなぁ」と言う事を見ておられる。だから神様がきてござるなと言う事も知ってるね。見てる知ってるに自分自身が体験して、自分自身が頂いたら始めて自分のものになるのですね。
昨日は、野口さん所のこちらへ移られた。神様を御遷座申し上げた御遷座祭、まあそういった意味もですけれども、ほんとにおかげを受けていかれる、まあ一つの生き姿ですよね。これが例えば、家なら家と言う事に関してだけでもね。十何年前それこそ久留米の駅のベンチで、丁度5月5日の水天宮さんの花火大会のある夜、「さあ今晩なら一家中の者がどこに寝るか」と言う様に、家を追われられて難儀をされた時代があった。
一生懸命合楽に、遠いなかを参って来られてそういう結果であったね。それこそ五、六畳ぐらいの一部屋にあれだけたくさんの人が、それこそ押し込むようにして休まれるような時代があった。それから次々と家の上には、もうそれはそれはもう、不思議な不思議なおかげを受けて行かれた。ここにいわゆる、前の荘島の家なんかでもそうであった。大きな、もちろん古い家でしたけれどもです、もうそれこそ大家さんから頼まれるようにして入っておられたお家であった。こちらへ移ってみえられる時にね。
全部家を出してしもうて、また一家中で、その広い家を綺麗にお掃除をされた。破れとるとこは貼って、ね、そして、その家にお礼を言うて、こちらに来られた。いわゆる信心の進む姿に応じて、言うならですね、家のおかげを、昨日私はあちらへまいりましてたまがりました。まるきり新築のようなお家である。もう十年ぐらい経つお家でしょう、確か、田中さんのは。
それがやっぱり、自分達はいろいろそうやってもおるけれども、それを塗り替えたり、もうそれこそ自分が( ? )の方でしてこられたようにです、もうそれこそもう、お風呂なんか石炭で焚いておる間のころから、田中さんが「こんなボイラーがいっちょ家に余っとるけん、付けてやる」ち言うて、付けて頂いた。もうこれはもうほんとに、驚くばかりのですね、それはなるほど借りた家ですよ。
けれどもその神ながらなですね、その家なら家の上におかげ、いわゆる自分の信心に応じて、いわゆる裏付けのある家に住まわれると言う事は素晴らしいことだと、私は昨日それ言うて話したことでしたね。あちらの今度は孫が、内孫として始めての孫が生まれました時にね、お母さんになるとがアキコさんちいう。それで娘さんの場合は、今度はアキヨって名前で、どうもそのアキちゃんが二人もおるけん、私はもういっぺんお伺いさせて頂いて、ややこしかもんアキコとアキヨじゃ親子で。字は違う。
私が頂いたのは昭和の「昭」という字。ところがあの、昭和の「昭」という字はね。あの、の意味は建立(こんりゅう)という意味だそうですね。このお広前ここが建立する、宮やらお寺やら建立するという意味なんです。いわゆる神様が建てなさると言う事。おそらくもうきっとね、地所も買いよったら家も建てられる。神様が建立させる、させて下さるおかげが受けられると思うですね。自分の分に過ぎたものじゃなくて、自分の信心に伴うておかげを頂いて行きよりなさるとじゃから。
はあ成金のごたるおかげを頂いて、いっぺんに城のごたる家を建てたというだけじゃないんです。それは裏付けようが中空っぽなんですね。そういう例えば、ことでございましたから、遷座祭だけではない、お礼のお祭りそれはもう、ほんとにたいへん念の入ったお祭りでした。親戚中の方達も集まられて、のお祭り。そしてそしたらお祭りを頂かしてもろうてです、やっぱ神様の一分一厘間違いのない働きをです、そのお祭りの中に感じた。皆もそれを感じた、皆もそれを見た。
だけで「神様が一分一厘間違いないなぁ」というだけではいくまいが。自分自身が頂かなければね。その自分自身が、一分一厘の間違いのない働きの中にです、やれ痛やということやら、「ああ苦しい」と言う事が起こって参りましてもです、こういう間違いのない働きを下さる神様であるからね、間違うておるならば、こちらの方が間違うておるんだ。間違うておるならば、こちらの信心が間違うておるんだ。これはまだ信心が足りんからだ、と信心を進めて行くことにもなるしね。
その事自体が、「御事柄」として受けられる。その事が痛うございます、苦しゅうございますけれどもけれども有り難い、と言う「今みかげをよ」という、そのおかげに対、苦しいみかげに対してお礼が言える、いわゆる心になれよと言うておられます。だからそういう心、聞いてすぐなれるとは思われない。けれどもね聞いてすぐではなれないのですけれども、私共がそういう姿勢をとると言う事だけでおかげを受ける実例はありますよ。もうそれこそ何十五、六十年も前のことでした。
善導寺の教会があちらに、善導寺に来られた当時、あの岸という饅頭屋のおじいさんが、当時総代をなさいましたよね、長い間。まあ亡くなられましたけれども。そのおじいさんが、もうたいへんな脳病持ちじゃった。もう朝はもう起きる為にどのくらい時間がかかるか分からんぐらいに、ちょっと起きたらぶらぶらする。それですぐ近所に金光様が見えたからというので、金光様にお参りをされて頂かれた御理解がこれじゃったそうですね。「やれ痛や 今みかげをという心になれよ」と言う事だった。
「ほう、もうほんとに、まあ変わった教えがあるもんだ」と思うて頂いて帰られた。ところが、あくる日です、こう木戸、庭に入る木戸にね、あのイゲバラがこうやって蔓が這うとったそうです。それけん、その引き戸をこうやって開けた途端に、ピーンとこう張れてね、その張れたイゲがね、頭のここに刺さった。もうそれから真っ黒い血が出たそうです。そん時にです、その昨日頂いた御教えを思い出した。はあやれ痛やです。[はあ、こげんして神様はおかげ下さるとばいなぁ」ち思うたんです。
もうそれっきり脳病を忘れたっちゅうおかげ、あれは子供の時からもう何回と同じこの話聞きましたね。だからそういう思い方とか姿勢をとればもう、やはりおかげを受けることだけは間違いないですね。「先生があげん言いなさったばってん」じゃない。「はあ昨日のやれ痛い血が出るようなことになったけれども、はあこれば昨日お願いしとったけん、これがおかげじゃろう」とこう思うたね。黒い血が沢山出て、いわゆる長年の脳病が、ね。忘れるように全快のおかげを頂かれたという話もある。
これは見た事ではないけれども、子供の時から聞いてきた話。ですからね素直にそういう姿勢をとると言う事がまず大事。そしてそれを繰り返し繰り返しです、神様のいわゆる、一分一厘の間違いがない。こちらの方が受ける方の側が、私はね例えおかげを頂いくという、頂いてもです、姿勢ができなかったらです、この光の例をもって申しますとね。一本の足が、「ここに頼んどるけんよかろう」じゃなくて、これ欠けたら、光になるはずのもん光にならんね。
それをなら本気で足を運んで、熊本からまででも日参するという気になればです、おかげになるという、色々二つの例をとって聞いて頂いたですね。「やれ痛やという心でありがたし 今みかげをという心になれよ」ね。素晴らしい深い意味のね、いわゆる信心の、いわゆるおかげのデリケートな所ですね、受ける受けないのほんとに微妙な所を教祖は、そういう「今みかげをという心になれよ」と表現しておられるわけですね。
だからそういう心になれる為にです、私どもが日々ね、「神様の働きの間違いないことね」と言えれるような、そりゃ降ること照ることにつけて、痛いことに又は撫でさすりされるようなおかげ、様々なおかげの中から、間違いのない神の働きを分からしてもらう。そこから、いよいよ信ずる力が生まれる。なるほど痛いけれども今みかげをという心になれる。そういう心になれよと教えておられるんです。
どうぞ。